岡村直子詩集
『帰宅願望』
母を迎えにいく/決まって車の中で母は言う/アア アリガタイ アリガタイ/モウ キテクレナイノカト オモッタヨ/ナオコ/渡されるノートにはいつも書かれている/―キタクガンボウガ ツヨイデス(詩「帰宅願望」より)
解説文:鈴木比佐雄 |
A5判/160頁/上製本 |
定価:2,160円(税込) |
発売:2011年6月8日
【目次】
Ⅰ章 六月の朝
六月の朝
六曲一双
山百合
ある夏の日
燕
額 縁
逢 坂
あめのふたかみ
補陀落浄土
南の海に
鬼界ヶ島
七五三縄
亀
Ⅱ章 帰宅願望
盂蘭盆
帰宅願望
包みの中
写 真
前 夜
喪 中
ススキ
泥風呂
鍵
ヒグラシ
Ⅲ章 道行き
道行き
雑 巾
雨
縮 み
吸血鬼
爪
おんなへん
ほどく
破れ袋
Ⅳ章 ヤドリギ
ヤドリギ
虚
八 月
ユウレイソウ
小女子
ある彫刻家の行為から
包 丁
畳
手 帳
ペットボトル
風
あとがき
略歴
詩篇
「帰宅願望」
一カ月に数日間
母と別々な日を過ごす
着替えで察するのだろう
アソコニハ イキタクナイ
毎回繰り返す僅かな抵抗も呑みこみ
毎回母はわたしの車に乗る
ロビーに立つと
奥から係りの者が迎えに来る
茶髪の若い青年
はじけそうな身体の娘
物分りのよさそうな年嵩な女
毎回違う顔に笑みさえ浮かべ
オネガイシマス と
母はにわかに素直な老女になる
母の手はわたしから
血のつながらない人の手に託される
縮こまった後姿が
ゆらめきながら
視界から消えていく
振り返ることもなく
約束の日がきて
母を迎えにいく
決まって車の中で母は言う
アア アリガタイ アリガタイ
モウ キテクレナイノカト オモッタヨ
ナオコ
渡されるノートにはいつも書かれている
―キタクガンボウガ ツヨイデス
梅雨明けやらぬある日
イキタクナイモットトオイトコロ に
母はもう
出かけたっきり