日向暁小説
『覚醒 ~見上げればオリオン座~』
生き方に悩む青年が海外生活で主体的に変っていく。カザフスタン人、ブリヤート人、韓国人、モンゴル人。世界関係と人生の現実から生まれる友情、喧嘩、恋。息苦しい現代日本社会に、草原から心の星のつながり。新鋭作家が描く、生きていることの実感の物語。(帯文より)
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解説:佐相憲一 表紙絵:神月ROI |
46判/304頁/並製本 ISBN978-4-86435-253-6 C1092 |
定価:1,620円(税込) |
発売:2016年7月29日
一
「さあ、聞きたいことはなあに?」
その女性は僕を見つめながらそう聞いた。その女性の目は彫像で見る大仏のような目をしていた。
「あの……」
僕は言いかけて黙った。何と言えばいいかわからなかった。
「ええ、何でしょう?」
その女性の大仏の目が一瞬、何か考えごとをする時のように、さらに細くなって、それから大きく開いた。その目が僕の心を温かくした。僕は喉につかえたものを吐き出すように口を開いた。
「僕はどうしたらいいんでしょうか?生きるのが嫌になってしまったのかもしれません。どう生きていったらいいのかわからないんです。なぜだかこうして街を歩いていても、胸がドキドキしてしょうがないんです。何かが怖いみたいなんです。」
これだけでは意味をなさない言葉の羅列だ。奇を衒っていると思われたかもしれない。そう思いながらも、僕は何か制御できない力につき動かされているかのようだった。
その日の夕刻、大学からの帰宅途中、降りたことのない乗換の駅で電車を降りた。何だか気分が塞いでいて、おとなしく電車の座席に座っていることが耐えられなかった。そしてどこへ行くあてもなく、コートのポケットに手を突っ込み、首に巻いたマフラーに顎をうずめて、師走のにぎやかな商店街を歩いて行った。そしてふと紫の下地に黒い文字で「占」と書かれた暖簾が目に入った。まるでこの世の人々の示し合わせたような眼差しも笑いも優しさも怒りも無縁であるかのような世界。この世の中から隔絶されたような世界を僕は紫の暖簾の向こうに感じているような気がした。