大塚史朗詩集
『千人針の腹巻き』
確かに中央に虎の姿が見える/赤糸を縫い付けた星が一面にちりばめてある/虎は千里走っても帰るのだという謂れにもとづき/出征する若者が身に付けていたのだ/女たちがひと刺しひと刺し結んだ赤糸の塊は/ひとり一人の帰還への希いが託されていたのだ
詩「千人針の腹巻き」より
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栞解説文:鈴木比佐雄 |
A5判/144頁/ソフトカバー ISBN978-4-86435-137-9 C1092 ¥2000E |
定価:2,160円(税込) |
発売:2013年12月24日
【目次】
第一章 千人針の腹巻き
千人針の腹巻き
端午の節句と雛人形
一本松
コシケ
象の墓場
ならされる
コニシ屋の天丼
沖縄のごぼうと詩友
ジュウク
物乞いの少年
蟬
第二章 誕生日に
蘇 鉄
ハーモニカ
土入れ
米を研ぐ
五目めし
何でも一番
書き続けてる
冷え性
ああー(三羽烏)
尾 長
風俗見物
爪
ハラをたたく
誕生日に
第三章 3Kプラス未知のK
3Kプラス未知のK
落ち葉
凧
すみれ
トイレの足元
未完の「原発」詩
遺伝子組み換え譚
捨てない屋
頰 白
などなど
記 録
音
付 木
あとがき
略 歴
「千人針の腹巻き」
ひと握りの布が歩いて来る
あるいは浮び上って来る
今から三十年も前に出会った布だ
「これはあんたの親父さんが虎の絵を描いてくれたもの ほしかっ たら上げるよ」
よれよれの所々すり切れた
薄茶色の手ぬぐいを重ねたような布
「千人針のはらまき?」初老の男はうなずいた
確かに中央に虎の姿が見える
赤糸を縫い付けた星が一面にちりばめてある
虎は千里走っても帰るのだという謂れにもとづき
出征する若者が身に付けていたのだ
女たちがひと刺しひと刺し結んだ赤糸の塊は
ひとり一人の帰還への希いが託されていたのだ
父は夜なべに時々描いてやってた事は知っていた
国民学校三年の担任も 父の絵の鉢巻きをして
冬の校庭を走っていた そして出征した
敗戦になって
誰などに描いてやったのか尋ねた事があった
「忘れちまった 帰って来ない人も多かった」
受け取りを遠慮した布
まもなくその家は取り壊されたので
布も消失してしまったか
譲り受けをこばんだことを残念に思っていたが
しばらく忘れていたのだ
二〇一二年の晩秋
テレビや新聞を見ていると 衆院選挙に次々と新しい政党が誕生
政策などを知ると 夜半
突然一握りの布が歩いて来るのだ