コールサックシリーズ

『福田万里子全詩集』

つゆくさが咲いている。立浪草が、キツネアザミが、文字摺草が咲いている。福田万里子さん、あなたが、咲いているのだ。いのちを削って詩を書き絵を描きエッセイを綴り、あなたはついに、めぐるこの星の上で、大自然と同じ<永遠の生>を獲得された。 帯文:新川和江

解説文:下村和子、鈴木比佐雄
A5サイズ 432頁 上製本 ケース付
定価:5,500円(税込)

解説文はこちら

『福田万里子全詩集』

発売:2008年11月11日



【目次】

Ⅰ 詩集 風 声
あざみ台 18
  一、落陽 18
  二、闇 19
  三、朝 20
荒涼 21
海 21
湖のうた 22
みちてくるもの 23
言葉よ 25
ぶどう酒 26
混沌から 28
ばらのリード 29
四季に 30
  秋/冬/春/夏
四月 31
五月 32
森へ 33
秋 34
旅人 34
廃園 35
水とバラ 36
骨のブルース 37
虜囚序説 38
埴輪 40
フェニックス 40
波状岩 41
夏の夜の夢 42

Ⅱ 詩集 夢の内側
舟のある風景 46
船 47
岬にて 47
距離 48
ことば 49
愛 50
ポエム・アイ 51
コンポジション 56
夜のなかへ 57
Nocturne 58
いつか樹木に 59
分水嶺にて 60
蹄鉄屋にて 61
少年・死 62
ライチョウ(または罠) 64
ばら 64
雨よ 65
邪宗の門人〈島原にて〉 65
蓮華王院にて 67
竹の秋 68
ふきのとう 69
雪の国で 70
山麓 71
あじさい Ⅰ 72
あじさい Ⅱ 72
九重山(くじゅうさん) 73
  1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12


Ⅲ 詩集 発 熱
樹木 82
わたしはおまえを 83
さざんか 84
存在のゆくえ 85
門 85
壺 博物館にて86
少年 86
罠 87
海辺にて 88
橋の話 89
鷺草の花 90
発熱 91オダマキ
オダマキ草 亡き父に 92
サンショウウオ 93
対話 93
鳥のかたちして 94
六月の草原で 95
浄瑠璃寺にて 96
魚もわたしも 97
黒岳伝説 97
ぜんまい 99
同じ風景はない 100
冬の林檎 100
  1/2/3/4
あの樹の下には 102
子供の領分 103
1 かくれんぼ/2 鬼ごっこ/3 花いちもんめ/4 たこあげ/5 蝶/6 ウグイス/
7 フラミンゴ(東山動物園にて)/8 さかだち/9 壁/10 少年と/11 あやとり
手紙 106
頌歌 107
  1 樹の頌/2 樹の頌/3 夕焼の頌

Ⅳ 詩集 雪底の部屋
東頸城郡松之山にて 114
冬の花 115
願海 116
新潟県U村 116
文字摺草 118
深海いろ 119
旅 そして北へ 120
ヤドカリ 蒲原祭り 122
トレフルという名のコーヒー屋を出ると 124
花 125
花にあいに行く 126
はるの日 127
モンカゲロウ 128
蟹 129
きゃべつ 129
病室にて 130
死者たち 131
硝子壜 131
波 132
燃焼 132
辻占 133
九官鳥 134
ひかりごけ 135
蔓草 136
かるかやの道すじで 137
祖先 138
旅は他火 139
幻想のつゆくさ 141
わたしはすぐに追いつけるだろう 142
秋の花 143
雪底の部屋 144
河口からのメッセージ 145

Ⅴ 詩集 柿若葉のころ
〈Ⅰ〉 
甕 150
妖妖 150
うつろが残すふかい痕跡 151
眼差し 152
マジシャン 153
冬の虹 154
ゴスペル イン ザ ナイト 155
回遊魚 156
貝 157
〈Ⅱ〉 
柿若葉のころ 158
花の谷間で 160
N兄さん 161
国鉄関門連絡船 162
祖父 164
生命 165
花の話ばかりしか 167
〈Ⅲ〉 
愁いと恨み 168
危険物埋蔵地 169
デカン高原の小さな村で 170
ヤドカリ 172
蒼 173
雲 174
くわいが座った 175


Ⅵ 未収録詩
【一九六〇年代】
骨 178
風景 179
くろい繭 179
見知らぬまち 180
旅人は出でわれに還り (連作のⅠ) 181
旅人はいでわれに還り (連作のⅡ) 183
夜 185
かもめは眠った 186
熔岩地帯 188
降ってくる声 189
石の心臓 190
状況 (白山山麓にて) 191
断絶 192

【一九七〇年代】
化野にて 193
  1/2
狂人であるか 193
れんぎょうの花のかげで 194
ひばり 194
公園の朝のなかで 195
二十六回目の夏 195
砂をうたう 196
  1/2/3/4/5/6/7/8/9/10
濁った河 197
みの虫 197
船 198
北山杉 198
踊るひとに 198
野にて 199
燃えている茨の炎のむこうに 199
時のあとで(または試練) 200
なにもない野 200
樹木 201
あの花を 201
ぐいの実 202
峠 202
鉄の小鳥 204
夜行列車 204
夕暮の台地で 206
雨あがりの道のへりで 206
想妹譜 207
想妹譜 二 208
風景 210
言葉・わが歩行者 210
言葉・わが歩行者 211
言葉・わが歩行者 二 
  2 かくれんぼのように  212
  3 高い梢のなかの 212
頌歌 三 
  4 道の頌 213
言葉・わが歩行者 三 
  4 知らせることが 214
  5 カゲロウのようには 214
頌歌五 ツリフネ草(白骨にて) 215
そのときわたしは 215
三つの小さな歌(夢) 216
頌歌七 兎のようにさきまわりして 217
頌歌八 あなたは 誰? 218
頌歌九 わずかな空間にも 219
雪 220

【一九八〇年代】
落葉樹林のなかで 221
風景 221
返信 南の友に 北国の海の色はと 221
返信 五 新潟より南の友に いつか会える日のために 222
返信 六 新潟より・南の友に 夕べの慰安 224
返信 七 新潟より南の友に 塩の道で 225
胡桃 225
くるみ 226
距離 226
わたしはおまえ抜きで 227
会話 227
鳥たちのこと 228
シロタマゴテングダケ 228
鳥たちのこと 239
狂い咲き 230
ヤドカリのこと 230
飛び魚 231
静かに雪降る夜のマージョ 232
灰いろの布の朝マージョと 233
北国の遅い春野のマージョ 234
光る月夜のロマンセ ロルカ風にロルカに 235
影はうしろにばかりいはしない 237
今宵ひそかに 238
ユキのはなし 239
越後月潟角兵衛獅子 二 240
百日草 241
ウソ 242
越後月潟角兵衛獅子 三 242
雪起こし 244
帰る旅は行った旅・つがるへ 245
まんさくのムラ 246
花 247
桔梗 248
水仙 248
くるみ 249
いつまでも光っていて 249
何という香り 朴の花 250
廃墟にて 幼年 251
寒雷 252
白老から室蘭へ 252
神さま ―カラスウリ― 253
充実 ―ミヤマリンドウ― 254
ふゆの日 254
ミモザの家 255
ミモザの家の夢 255
縄文土器 256
万華鏡 256
   1/2
何の惑乱もなく 257
夏の訣れ 258
草木誌2 ぬすびとはぎ 259
縄文土器 2 260
菊人形 260
楽園の哀しみ 261
軽やかな質問 261
縄文土器 3 263
草木誌 沈黙の二つの性質 水芭蕉 263
草木誌3 まんさく 264
草木誌6 すすき野 265
草木誌9 存在 265
草木誌10 ざくろ 266
草木誌11 キツネアザミ 266
蹉○のミノ虫 266
草木誌12 ホウセンカ 267
草木誌14 オジギソウ 268

【一九九〇年代】
地平線の見える村で 269
パールヴァティーと結婚するシヴァ 270
紅梅が満開 271
うた 271
はな 272
そのひと 272
愛別 273
はるのあざみ 274
一輪の朝顔 274
妹 律子に 275
寒牡丹 276
けし 277
幼年 277
糸杉の燃える林のなかに 278
鳥と少年 279
伝言板 279
  3 花束/4 蛍
真夜中のできごと 280
しだれざくら 須田剋太展 281
風はごうごうと 282
桃の種を 282
球根 283
春の上衣 283
弥生のコブシ 284
時のなかで 285
雀 286
砂時計 286
小さな氷嚢 286
クローバー探し 287
伝言板5 夜ざくら 288
鬼哭 289
雨話 289
ヒオウギ 290
ひまわり 290
球根 291
伝言板6 風 291
五月の風のなかで 立浪草 291
さようなら さようなら 292
伝言板7 七夕 292
夜のカタバミ 293
かいつぶり 293
消えていく犬 294
波 294
笑う 295
旅のはじまり 295
雑木林の贈りもの 295
さくら狩り 296
伝言板8 雨の駅 297
やわらかな風景 297
仄かな望みさへ 298
夕顔 298
伝言板9 場所がわからなければ 299
水の島 300
連作 水の島 301
花鋏 302
蛍 302
連作 水の島 草笛とノウゼンカズラ 303
連作 水の島6 菜の花の黄色いへりで 304
山鳩 304
連作 水の島7 赤い魚 305
連作 水の島 銀の手まり 305
伝言板10 向こうで待つ(Ⅱ) 306
連作 水の島 青い魚 306
山鳩Ⅱ 307
伝言板11 言い訳ばかり 308
連作 水の島 祈り 308
夕日に向かって 309
三月 309
蛍袋 310
連作 水の島 ジョバンニのリンドウ 311
旅師 312
狐の夜祭り 散文詩 313
蹉○の蓑虫 314
霧を吐いて鬼蜘蛛よ 315
黙契 316
連作 水の島 毒草 316
春嵐 317
はつはな 318
連作 水の島 暗黒の岸辺で 318
五月晴れ 319
白昼 319
郷土ひらかた 音風景コンサートによせて ひらかた・水の交響 320
水鳥 321
連作 水の島 花たちの遠い時間よ 321

【二〇〇〇年代】
柘榴 323
水芭蕉 323
推移 324
くるみ 324
鴨よ 325
はつなつの花は碧くて 325
かなかな 326
空のあわいで 326
ハーブの話 鳴海さんをしのんで 326
燃えるカンナの赤への質問 戦争の記憶 327
どこへいったのやら 330
寒蕾 330
春の訣れ 331
晩春 331
風の木の下で 332
水辺にて 333
夏の絵本 333
亀 334
夏の絵本 2 ちょうちょ 334
はつ冬 335
深草にて 335
氷見 そして水のキリン 336
光るカラスウリ 337
崩れる土塀 337
りんどう 338
みんな蒼ざめて 338
どうか修復の手を入れないで 338
蝉 二編 339
  1/2
黒い蝶 340
水無月 341
百日紅 341
さきの世のことは 341
草 342
断面ほか 342
  断面/旅信/煮凝り
わたしのラグタイム (薬師寺花会式) 343
森ほか 344
  森/もず/いつのまにか/さくら
恩寵 345
臘梅 345
ゆうがおの白い花 345
赤い折り鶴 346
柴田基孝さん追悼 坂道をおりながら 346
花の咲いた日 347
灰色の雲のうえには 348
シジュウカラほか 348
  シジュウカラ/セミ
深草にて 石峰寺 349
水線 350
雲雀 350
浮寝鳥 351
雲(外科病棟にて) 351
左佐羅の小野 351
ゆすらうめ 352
いわし雲ほか 352
  いわし雲/オジギ草/改良/野火
夏の絵本 3 ナマズガワラ 353
コジュケイ 354
病院にて・ほか 354
  病院にて/廊下にて
同じだと思う 355

Ⅶ エッセイ
《春》
モモ(桃) 358
サクラ(桜) 359
《夏》
ホタルブクロ(蛍袋) 361
バショウ(芭蕉) 362
《秋》
キク(菊) 364
クズ(葛) 365
《冬》
チャ(茶) 367
菊 369
牡丹 370
野茨 371
月見草 372
しろばなたんぽぽ 373
からすのえんどう 374
桃 375

Ⅷ 解説
福田万里子さんの視詰めたもの 下村和子 378
八月の空に花曼荼羅を詩作した人
  『福田万里子全詩集』によせて 鈴木比佐雄 382

Ⅸ 福田万里子 年譜 401

編註 430

【詩を紹介】

柿若葉のころ

父の病室にあてられた二階の窓から 背振山(一〇五五)はくっきりと見えた。背振山の向こうは福岡の街で 小学生のわたしはまだ行ったことのないあちら側を どのようにも楽しく空想することができた。

わが家の庭には大きなきゃら柿が数本あって よく実った。晩秋になると竹竿の先を割ってもぎ取り 父の病室にも運んだ。その年の秋も小枝をつけた柿を持って行くと 病み疲れた父は横たわったまま手をのばし そこに座りなさい と低い声でいった。わたしはうっすらと粉を吹いたもぎたての柿の実が 父の掌の上であらあらしい生きもののように息づいているのをみていた。

柿の歌を教えてあげよう と父はいった
  柿もぐと樹にのぼりたる日和なり
  はろばろとして背振山みゆ
中島哀浪という人の歌だ 覚えておくといい
はい

父との会話はいつも短かった。病気のために肺活量も少なかったに違いない。小学校では歴代天皇の名と教育勅語を強制的に暗記させられていた。敗色のきざしのみえる戦争のさなか たかだか六年生の女の子に父はなぜそんな歌を教えたのだろう。アイローについてもわたしは何も知らなかった。だが〈はろばろとして背振山みゆ〉というところは快かった。坦々とつづく佐賀平野の先に 盟主のようにそびえる背振山が わが家から見渡せるすがすがしさも悪くなかった。
〈はろばろとして背振山みゆ〉……か。

その山の向こうが炎上したのは翌年の六月(昭・二〇)であった。B29六十機が福岡市を爆撃。すさまじい爆裂の地響きはこちら側にも突き抜けて あの時の恐怖は今も昨日のことのようである。

あれから五十年……といっても ほんとうは昨日のことなのだ。
わたしはみたのだった。はるばるとしたその先に赤いたてがみを振り立てて狂ったように燃える背振の山を。
身動きできぬ瀕死の父はなす術もなく 二階の病床から凝視するばかりであったろう。それから三日後 喀血と呼吸困難に胸を波打たせながら死んだ。
非国民という名を背負う三十七年の生であった。

父さん
防空頭巾をかぶり 水浅黄の大空に感応することも忘れていた小さなわたしを 今のわたしが見詰めています。そのようにあの時のわたしはあなたから見詰められていたでしょうか。
はるばるとした先をみよ 悲しみはやわらぐだろう あなたはそう教えたかったのかも知れない。敬虔な韻きに充ちた哀浪の歌一つ 今となれば遺言のように教わったことと 燃える山をみてしまったこととは別であった。
はるばるとした山をみよ
はるばるとした天をみよ
やり場のないものをかかえたとき
はるばるとした遠い存在に触れていよ
雲の変幻 風の出没 凍てつく冬の星座とたっぷり話をした柿の枝が いっせいにやわらかなみどりを芽ぶくのは
そんなことなんだよ

ありがとう父さん。今はぎっしり建ち並ぶ家々のために 背振山はもうみえなくなってしまったけれど 天辺を指す柿の木々は健在で 今年もむせるような若葉の季節に入ろうとしています。


*中島哀浪 佐賀の歌人(一八八三-一九六六)



N兄さん

大学をでたばかりの若い叔父をわたしは
N兄さんと呼んでいた
母を早く亡くしたN兄さんは淋しかったのだろうか
幼いわたしたちにとても優しかった
N兄さんが遊びにくるとわたしも弟も
浮きたったようにはしゃぐのだった

真っ赤なホオズキの実の吹きかたも教わった
ホオズキのワタを抜くN兄さんの指は魔法のようで
わたしはうっとりと眺めた
父は重病で二階に臥していた
母はいつも忙しく わたしはこのN兄さんから
折り紙や昆虫の標本作りも教わった
いまでもあの細長い指を大好きだと思う

戦局が日に日に暗さを増していくのは子供にもわかった
N兄さんもなにか慌ただしそうで滅多に来なくなり
収穫したホオズキは机のうえでひからびていった

すべての穏やかなものがざらついていく
そんな感じのするある夜
わたしは布団のなかでN兄さんの声を聞いた
〈マリちゃん マリちゃん〉
声はいつものように静かだった
近づいてわたしのオカッパ頭を撫でると
〈なんだ もう眠っちまったのか〉
N兄さんはそっとつぶやいて子供部屋から出ていった

ほんとうはわたしは半分目覚めていたのだった
ちゃんと知ってて眠った振りをしたのだった
夜は祖父のお酒の相手をしてかならず泊まっていくN兄さん
明日は遊んでもらえるN兄さん
布団のなかで嬉しさをこらえにこらえた幼年のへそ曲がりは
しかし翌朝 微塵に打ち砕かれたのだった

N兄さんは出征したのだった
別れのご挨拶に見えたのよ
周りのものも皆ことばすくなかった

子供のわたしにも礼儀正しく挨拶にきてくれたN兄さん
それが最後だった
小学校六年生の浅春 沖縄の海に消えたと伝わるだけの
N兄さん
こらえるほどの喜びと
こらえねばならぬ痛恨の枝のさきに
いらいわたしは わたしだけの網ホオズキを一個
吊りさげたままである


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