コールサックシリーズ

尾内達也詩集
『耳の眠り』

戦乱、命、声、沈黙、銀河、人生。熱いものがこだまする。世の中にありながら静かに輝く深い詩精神。現代世界と人間存在を見つめる彼の詩は、行間にも生きたこころが飛翔している。俳句の密度を応用した自作英詩篇付き。東西古典もふまえた哲学詩人、待望の第一詩集。

解説文:佐相憲一
四六判/128頁/上製本
定価:1,542円(税込)

解説文:佐相憲一はこちら

尾内達也詩集『耳の眠り』

発売:2011年3月3日



【目次】

Ⅰ  越 境

ガザ
余白
無題、あるいは一つの追悼詩

耳の眠り
ラピスラズリ
Nobody―映画『パピヨン』あるいは三十年の歳月へのオマージュ―
鳥の影
夜への越境

Ⅱ  時 制


初花
晩年
古い時間―天野忠へのオマージュ―
釣り 鳴海英吉に

唐変木
水の森

最後の一葉

Ⅲ  パ ン


目には見えない
曇り
確実性
L・Wに
無音

物語
答え
言葉
われわれ
恐れ
失われた死
人生
残る
発狂 D・Hに
還る
パン

Ⅳ  英語詩篇 Loaves

Sky
The invisible
Cloudy
Certainty
For L.W
Mute
White
A story
An answer
Words
We
Fear
Lost death
Life
Remain
Going mad For D.H
Return
Loaves
A dream

あとがき
略歴



詩篇を紹介

 

「暦」

 

月のない夜
暦を見てはならない
日も月も書かれていない
生まれたての世界
どこかで
時を書き込む者がいる
夜の川風は
まだ血なまぐさい
歴史の匂いがしない

窓辺で
少女が島唄を歌っている
だれかに呼ばれて
突然 歌声が途切れた

邯鄲や歌のあとさき消えしまま

そうやって
ぼくらは途中で呼ばれる
朔の夜に月のような
面影を残して

星のない夜
暦を見てはならない
曜日も六曜もない
生まれたての世界
死時計虫が深夜に
時を刻んでいる
どこにもいないはずなのに
どこにでもいる不思議
時を支配する者たちは
光の中をやってくる

夜の広がりが昼の深さと
等しく釣り合う頃
アイヌの言葉がよみがえる
イランカラプテ
イランカラプテ
きみの中の神に
ぼくの中の神に
かつてひとは
雲であり
日であり
風であった


 

「耳の眠り」

 

朝の雪に耳がめざめる
耳の悦ぶ音―
沈黙にも音はあるのだ


物語の中へ
雪は降りつづくが
突然 なにもかも 
中断してしまう
心も言葉も置き去りにして
走り去る猫の背に
悲劇も喜劇もないが
人間様はやはり
笑うしかないのだろう
― あんたも苦労したな

物語は
雪の音に引き継がれて
第三幕へ 
― だれもいない

雪の朝に耳がめざめる
だれもいない物語に
聴き耳を立て
誕生と死を繰り返した果に
黒を着る日である


 

「ガ ザ」

 

ここにはその詩はない
だから これは詩ではない
その詩はどこにあるのか
突き刺さるものの中にか
あふれ出るものの中にか
かっと見開いたものの中にか

ここにはその詩はない

女のまなざし
座り込んだ背中
散らばったサンダル
天のしづけさ

わたしは笑うことも
歌うことも
悲しむことも
怒ることもできない

夜の雪はめまいであり
冬の銀河は耳鳴りである


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