宇都宮英子詩集
『母の手』
その母はもういない
五月の野辺には
青い香りを放つ青葉若葉が
みちみちていて
再び春祭りの旗が
風にはためいているけれど
元気な母は
美しい母は もうその中にはいない (詩「悲しみの情景」より)
栞解説:鈴木比佐雄 |
A5判/128頁/上製本 |
定価:2,160円(税込) |
発売:2009年5月10日
【目次】
第一章 母の手
私の手 10
土 筆 12
まな板の音 14
悲しみの情景 17
母のにおい 20
誕生日 23
収穫の秋に 25
さくらんぼう 28
桃の実るころに 31
兄 妹 34
父 37
命の不思議 40
春祭り 43
白 桃 45
行く夏の朝 48
あれ以来 51
二人で朝茶を 54
新しい生命の誕生の日 57
花を摘んで 60
風呂敷 63
こ ぶ 66
希 望 68
声 71
第二章 初なりの柿
初なりの柿 76
笑い上戸 78
階 段 81
取って置きの良い話 84
各駅停車の電車に揺られて 86
年賀状 89
春の雪 92
橋の上で 94
七曲り 97
立 春 100
カナダからの便り 103
仕 舞―謡曲「紅葉狩」― 106
化 粧 109
梅の実 111
日 課 113
水の惑星 115
赤いほおづき 118
雨の日に 120
晩 夏 122
あとがき 126
【詩篇紹介】
悲しみの情景
村はずれの古い神社に
祭りの旗が立ち並び
花吹雪を散りつくした
桜の老樹の枝々から
あふれ出る若緑青緑
その木もれ陽が
キラキラ光る参道は
訪れる参詣人で賑わい
その中に 野良着ではない
美しい着物姿の母がいた
節くれた手を合わせ
一心に社殿で祈るその姿を
そっと見上げているだけでも
胸がつまった子供のころの
あの時
その母はもういない
五月の野辺には
青い香りを放つ青葉若葉が
みちみちていて
再び春祭りの旗が
風にはためいているけれど
元気な母は
美しい母は もうその中にはいない