ケニア在住の実力派詩人がぶちまける、圧倒的なアフリカの現実と自己。
苦悩も矛盾も見つめて共にうたう、注目の第3詩集。さらなる表舞台へ。
解説文:佐相憲一 |
四六判/128頁/上製本 |
定価:1,542円(税込) |
発売:2010年11月21日
【目次】
Ⅰ アフリカ
笑うやもり 6
地 雷 12
泥の道 16
キマニの弟 20
頭蓋骨から血は流れない 23
過去を刈る 28
スラム点描 32
マサイの血 38
バナナの皮 42
ママアフリカ 46
ジグソーパズル 52
黒い大地 60
ダンス 72
Ⅱ 日本難民
ブルーサファイア 80
ライオンの丘 82
日本難民 86
非国民 90
鎖と奴隷 96
僕は黒人にはなれない 99
原初としての飛ぶ樹 102
耐えるんだよ 106
乳房という愛 110
私を切断すると 114
凝縮された水 118
母の足を洗う 120
母は何を 122
風の力 124
あとがき 126
略歴 127
詩篇を紹介
「黒い大地」
*男の子が地面に弔いの布を投げる。
「お母さん、大地に満ちあふれるように
嘆き悲しんでいる声がきこえますか?」
(ズールー詩集『ムシージのための挽歌』)
乾期には彼女たちは男の衣装を着てサバンナの大地に雨乞いをした
大地は豊穣の実りをもたらす偉大な母だった
腰を振ると大地がほほえむことを知っていた
身ごもることで天と一体化した
子育ては大地への恩返し
家族の温かい声が夕餉には飛び交う
幸福は家族と部族の連帯をうながし
宇宙は内部に生も死も 幸福も不幸も 善も悪も
カメレオンの瞳のように異なる世界を映していた
*
彼女は文字を読めなかった
彼女は文字を書けなかった
しかし
彼女は豊饒の海を心に持っていた
そこには豊かな歴史があった
*
私は農婦だったのだよ
生まれてからずっとね
大地はいつも私の話し相手
空はころころ変わる気分屋
星の夜には物語を聞かされた
いつも野原や畑で遊んでいた
メイズの中でかくれんぼし
ササゲの茎に躓き
草いきれにむせ
汗だくで遊んでいた
親はそんな私をみて笑っていた
雨乞いするときは男の衣装着るけど
本当は男探ししていた
私の夫となる男がいるかどうかね
周りも気づかない振りしてたのよ
でも結局親の選んだ若者と結婚した
いつも踊っていた
子どもの時から今でも
踊りは村人の絆を強める大事な行事だった
男たちはそんな時いつも興奮していた
肉体の躍動に女たちは笑いざわめいていた
わたしが他の男と一緒に踊ると夫は嫉妬した
子どもは十人できた
大きい子は小さい子の面倒を見てきたから
大変なんてことはなかったのだよ
みんなこのアフリカの大地で育った
でも二人の子は生まれてすぐ死んだ
両方とも飢饉のとき
雨期に雨が降らず河はひび割れ
食べ物はなくなった
ミルクを与えてももどして
最後は口を背けた
まるで「生」を拒否しているようだった
赤ん坊でも意志のあることを知った
この世は生存競争だから
強いものだけが生き延びる
象も死ぬときは森へ去ってゆく
運命なのだ
でも魂はね
いつもそこに居るんだよ
あのバオバブの樹に宿っているの
笑った彼らの顔が枝先に見えるんだよ
おばあちゃんはいつも
この円形の粘土の家の前で
三石の火を囲んで話していた
宇宙の話 星の伝説
太陽の出る場所 沈む場所
ライオンやゾウやチータの物語
そして 生と死の円還の話
人は大地の朝露から生まれ人となり
一握りの灰になってあの世へ風に乗って去り
やがてまた霧となって天から還ってくる
*
この世に白人がいきなり現れてから
全てがおかしくなり始めた
太陽も月も空も森も村も
変色してしまった
時は違うテンポで進み出した
徒歩から駆け足になった
白人は森を敵のように憎み
森から木々がどんどん消えた
大勢の動物が犬に追われ
馬に乗った白人の銃に斃れた
村の衆が踊らなくなった
十字架を胸に下げた人たちが村に来て
三石より釜戸のほうが
「効率が良いから」と押しつけた
村の共同作業も祭りも寄合もなくなり
子どもの誕生のお祝いも
老人の弔いもみんな
嘘のように消えてしまった
学校へ行けば食べ物があり
字を習いかけ算やわり算を習い
習わない私らは馬鹿扱いされ始めた
「あんなふうに字を読めないのは不幸」といわれて
その頃から子どもたちが
団らんに集まらなくなった
薪の火よりケロシンを使うことが増えた
興奮して裸で踊るのは
無知な未開人のすることと軽蔑された
それでも国が独立したときは
みんな歓喜の踊りに興じ
歴史のその場に居合わせた幸運を祝った
「黒人の政府」
理想に燃え 躍動し 跳躍し
まるで飛翔する不死鳥のようだった
炎は燃えさかり
人々は誇りに満ち
国中が偉大な時を迎えて高揚していた
踊ることが恥ではないことを
その時知ったのだ
「もうここは彼ら白人の国ではない
だから立派な黒人の大国にしよう」
みんな理想を誇りとし
人を育て
農業を盛んにし
商売に励み
富を分かち合おうと話していた
でもねえ
私らは野菜を売るぐらいしか出来なかった
毎日の生活は苦しかった
そうこうしているうちに
黒いお役人たちが白人と変わらないことに気づいた
彼らは理想に燃えていたのではない
気づくのにそう時間はかからなかった
白い領主から黒い役人に代わっただけ
大統領はいつまでも同じ大統領で
取り巻く大臣たちは御機嫌取りばかり
物価は上がるばかりで
ちっとも暮らしは良くならなかった
そりゃそうよね
結局政治家は奪い取ることしか念頭になく
その量を増やすことしか考えていなかった
子どもたちは街へ去り
田舎を振り返りもしなくなった
亭主はいつの間にか飲んだくれになっていた
気がついたら私は
目が見えなくなっていた
まるでこの世の絶望を見るのが
耐えられないだろうからとでもいうように
そうだね
近頃はもう絶望しかなくなってしまって
生きるのが耐え難くなっていくようだけど
でも
おばあちゃんの物語のように
太陽と大地と空と人間がみんな一緒になって
静かにゆっくり生きることが出来ればと思う
希望はあるはずだよ
理想を持ち続けて生きること
自然の摂理に耳を傾けて
もう一度
大地の鼓動を感じ取れる人間になることだよ
さあ
もうすぐ雨期だよ
早く種まきの準備をしなさい
あとがき
「アフリカの河の水」を飲んでから四半世紀が経った。最初は変に勢い込んで、「アフリカのために働くんだ」と意味の無い虚勢を張っていた男は、いつのまにかすっかりアフリカに洗脳され、アフリカに教わり、そして今では、アフリカに感謝の祈りすら捧げている。アフリカに住むということは、人間が原点に返ることなのだろうと今では思っている。もちろんアフリカは欠陥だらけ、矛盾だらけだ。でもそこに来ている自分も同じく、欠陥だらけ、矛盾だらけだ。
アフリカに住むこと、そしてそこで詩を書くことは僕にとってどんな意味があるのか?
それは生の時間を遅らせて、僕自身の歩調をこの国のスピードに合わせること。僕自身がゆったり息の出来るスピードに持ってゆくことで、自分を問い直すことだと今は思っている。そしてもう一つが、日本では常に感じている「存在の罪悪感」や「離人感覚」をここでは解放し、自己を飛翔させることが出来るからだと考えている。でもいつまで僕は「日本難民でいられるのか」と自問の日々だ。