コールサックシリーズ

直原弘道詩集
『異郷への旅』
異郷が実は同郷で、同郷が即異郷。
つまり詩人は境の仕切り線など持たずに無限の旅をしている。
そこに、すさまじいほどの「生きていること」への森厳な詩群が起立している。
深い感動が間歇泉のように湧出してやまない。
(帯文より)
栞解説:鈴木比佐雄
A5判/152頁/ソフトカバー
定価:2,160円(税込)

解説文はこちら

ikyouhenotabi

発売:2010年10月16日



【目次】


Ⅰ章 異郷への旅

記憶の意味   
わが祭り     
滅びの村       
夜明けの鴉      
緑色の蚕       
峠を越えて      
神仙が棲んでいた渓谷 
雨の麗江       
M高原にて      
六甲山麓       
半獣神の午後     
仔象の春       
蓮の花季       
邪宗の徒       
  

Ⅱ章 地下幻想

六十年後の夏     
地下幻想       
旗と歌        
現代暴力考      
鳥たちの気性     
鳥たちへのエレジー 
無名の……      
砂嵐に埋もれる    
褐色の大地      
六月二十五日     
回廊の五月      
眠れない       
わが桃源郷      


Ⅲ章 悼み言葉

悼み言葉        
安政生まれの曾祖母さん 
帰 郷        
「ひつじよ羊」    
終末の日々      
居なくなった     
莉帆に         
失速する春       
田能の菖蒲園     
アヴァンギャルド 考  


あとがき 
略 歴  



【詩篇紹介】


記憶の意味


気だるい夏の昼下がり
土間の裸天井の煤けた梁から
燕の巣を狙っていた大きな青大将が
どたりと落ちてくる
自分を支える手も足もないので
仕損じた蛇はきまり悪げに
のろのろと姿を消す

夕立を避けて駆け込んでくる行商人
煙草入れを下げてやってくる隣の隠居
表から裏へ駆け抜ける洟垂れ小僧や犬や猫
毎年律儀にやって来たツバメ
夜も昼も開け放たれていた
母屋の土間を
吹き抜ける風

あり様が変わってしまったのだ
他者の立ち入りを拒んで
ひとは扉を閉じるようになった
危険な知恵の鍵をいくつかこじ開けて
豊かになったと思い
かつての記憶の意味を忘れてしまった

炎天下に佇む廃屋の前で
二世代の季節の移りを想い
記憶の意味も失われたと
老いた少年がつぶやいている


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