栞解説文:鈴木比佐雄 |
AB判/64頁/上製本 |
定価:2,160円(税込) |
発売:2009年9月13日
【目次】
木槿考 6
一撮一掬 8
潜み考 10
独鈷考 12
どくだみ考 14
夾竹桃考 16
空木考 18
御歯黒考 20
藤袴考 22
臭木考 24
黒文字考 26
五空木考 28
甘野老考 29
コマツナギ考 30
弁慶草考 32
箒木考 34
衣被考 36
巣林一枝 38
金漆 考 40
垣通し考 42
半夏生考 44
十月十四日考 46
楷 考 48
女将への花信
散 花―春季 50
散 花―夏季 52
散 花―秋季 54
散 花―冬季 56
あとがき 60
略 歴 62
【詩を紹介】
独鈷考
「精霊棚」を整えるころになると 女将は籠染めの浴衣を着て料亭を切り盛りする 帯は濃紺に市松模様の一本独鈷 身心を締めての立振舞いは芸妓や旦那衆 役人や顔役などには垂涎の存在であった 極く自然に裾がめくれて 籠染めの洒落れた裏柄を目にするとき うすい眉と目鼻立ちとの調和は仏像の戦慄と色香さえ与えてくるうつくしさだ
店が終わって伯母と二人になったとき 女帯にはめずらしい一本独鈷について教えを乞うたことがあった 夫に先立たれて この店を引き継いでからの日日は安泰ではなかった おまえは知らないかもしれないけど 両端が剣のように尖っている独鈷は 自分の煩悩あるいは言い寄ってくる男たちの嘘をうち破る菩提心の標示なのだよ そのとき女将の「女」はつづいていることを私は感じたことであった
女将が他界して半世紀になろうとしている 私はときおり独鈷を絵にして壁に貼りつける そのあと内にも貼りつける 女将のような女にすれ違ったり会合などに垣間見たりすると 心が疼いてくることを制御するために
* 森田海径子「精霊棚」―詩誌「衣」十四号作品に示唆を得た。