コールサックシリーズ

中原澄子詩集
『長崎を最後にせんば ―原爆被災の記憶』
第四十五回福岡県詩人賞受賞! 改訂増補版。
昭和二十年八月九日 天草上島 志柿の小高い岡の養蚕農家に私の班はいた
敵機来襲予報のサイレンが鳴りわたり 養蚕温度調節用の冷蔵庫に全員避難
警報解除のサイレンで急ぎ外へ出た 地の奥底でヅンと地鳴りの音がしたからだ
「序」より)
栞解説文:鈴木比佐雄
A5判/208頁/上製本
定価:2,160円(税込)

解説文はこちら

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発売:2008年8月9日



【目次】


◆お父さんのつば(唇)はまっ白になって/もう人間の形じゃなか/あん死体は忘れられん/天皇陛下が降参ていわっさんもんで(言わないから)/うらかみ ん いえに かえり たか/製鋼所は哲の墓場 人間消えとっ/兵隊の着物の袖みたいに皮が垂れ下って/髪のとれたとは被爆のあれじゃなか/みんなふやけたごとになって 水ぶくれ/長崎全体が幽鬼の世界じゃもんで/おかあさん はやくきてよ/みずう みずう て/おなかの破裂すっと プスていう/顔は倍以上にふくれあがって まっ黒になって/化粧瓶もみんな飴/走るかっこうで炭になって 立っとっとですよ/ピカッ 熱か 熱っ 熱っ 痛ってして/上から柿の実の落ちてくるごとに(ように)


◆承前


◆結び



【序文を紹介】


私は十六歳だった 本渡高等女学校四年生
入学一年後 全校学業中止 英語教科書没収
空襲による人的損失を避けるため〝分散教育〟となった
寄宿生はそれぞれの村に引きあげ 食糧増産に励んだ

山の開墾 松の根掘り 杭木運搬
そのほかあらゆる農作業に明け暮れて

昭和二十年八月九日
天草上島 志柿の小高い岡の養蚕農家に私の班はいた
敵機来襲予報のサイレンが鳴りわたり
養蚕温度調整用の冷蔵庫に全員避難
警報解除のサイレンで急ぎ外へ出た
地の奥底でヅンと地鳴りの音がしたからだ

地震でもあったのかと四方を見回した

何事も起こってはいなかった

太陽はま上にあり
南から北へ 整然と翼を連ね また整然と南へ帰るB29の編隊も
小型機グラマンの低空飛来もない 静かな時間

いつになく平穏な空を見わたしていて

西の方角 遥かな地平にうす青い空を私は見た
凄惨なほどに透明なもうひとつの空

ひき込まれるように私は見つめた
この世のものとは思えない
うす青く透明な空

生れて初めての 美しい空

「消えなければよい」と念じながら見つめた
「消えないでほしい」と
またたきの一瞬
空はいつもの空でしかなくなっていた



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