コールサックシリーズ

浜田知章詩集
『海のスフィンクス』

浜田知章は「聖處女」という言葉の好きな詩人である。永遠の文学的ロマンティシズムがあり、社会文化運動の一人の旗手として、戦中、戦後、昨今までの記憶は鮮明で尽きることがない。沈黙の時もなかった。
わたくしとは切って切れない運命的な人間関係にあるが、老いについて語り合ったこともなく、激浪の水面の上に、彼の顔かたちがすっきりと見える。

(帯文:長谷川龍生)

栞解説文:浜田文 鈴木比佐雄
A5判/128頁/上製本
定価:2,160円(税込)

浜田知章『海のスフィンクス』栞解説

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発売:2008年5月30日



【目次】


 第Ⅰ章 海の墓

海のスフィンクス 8/ ヒロシマから鷺宮まで 14/ 「町医者」三題 22/かぎろいの 日々 38
拉 致 42/真 贋 48/「アメリカン・バイオレンス」 52/滞留記  58/海の墓  62
いちまいの「赤イ カミ」 68


第Ⅱ章 戦場の臭い

戦場の臭い 76/ 営門を出て 80/嫌悪感  82/センチメンタルな古いふるいバラード 86
夢殿の救世観音 90/雪が……。 92/沈黙の時のながれの中で 98/「エントツ男」の話 100
昔日懐古録 104/決断の丘 108/佐久間ダムで  110/むかしも今も  114
人間であること 118/日本の哲学者について 120/美しい笑い顔  124


 跋文にかえて   大崎二郎 126



【詩を紹介】

海のスフィンクス

歌集「踟?」を
出版した茨木在のK・Oと
戦中派同士の好みか
予科練から帰還後、病死した弟と思う日もあった
「踟?」
彼によれば、海軍用語でランデブーという
K・Oが海軍兵学校の制服を着たのは
昭和19年10月広島・呉だというから
入学式かで航空母艦「雲龍」を見て
その壮大さに磐石の重さ、雲のようにひろがった感動に涙したこと だろう
海軍将校のスマートさは
神戸元町通りでみた
その晩の夢で、
短剣を吊った俺自身を見たのだが、お笑い草だ、
戦艦も航空母艦も見たこともなく
実物に接見したことも
生れてから一度も俺にはないのだ
一度たりとも。

 砲身に長き藻靡き樓折れて横たわる長門
  魚数多棲まわず
  海底の戦艦大和の「御紋章」をまざまざと
  映す少し青ずめり       (『踟?』)

テレビを俺もみたが
戦艦大和が藻屑、鋼鉄の断片の無残さ
泥の乱舞が静まると
鉄屑が藻のように揺れ
御紋章が口の泡のように見えたが、
さだかでない。
僅かに
駆潜艇2隻に護衛され
夜のオホーツク海をヂグザク
さまよっていたのだ……

遠い遠い
エジプト・クレオパトラ王宮跡から
スフィンクス像二体が発見された
1997年10月フランス・エジプトチームの発表、写真も同時に、
アレクサンドリア港でのことである。
二千年前
の古く遠い世の人間のドラマが
あざやかによみがえり
厚いベールを?いで現前性を持ったのだ。
調査発掘に秀い出ている
日本考古学のチームは
太平洋で撃沈された
無数の艦船を把握し、曳き揚げているか
忘れッぽいこの国の習性
突出した戦病死の若もの
の中の
ひとりの息子の死
に号泣した
一人の母が
真命のかぎり
祈っていたことを君は知っているね、その
つよい思いを
人魂のような、と
藻のゆらぎに見ないで
壮大な沈黙の海底に

若もののスフィンクスをつくろう
若ものの兵馬俑をつくろう



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