山本十四尾詩集
『水の充実』
天に蒸気する海にはゆっくり向かえばよい
水の充実とは流れていくことよりも
いかに留まれるかという熱い体感のなかにあると自得して
いま生きている
(詩「水の充実」より)
栞解説文:鈴木比佐雄 |
B5変形判/114頁/上製本 |
定価:2,160円(税込) |
発売:2006年9月15日
【目次】
第一章 鳥族の交信
蝶
鴉
袋耳 籠耳
鳥族の交信
鳥群
飛翔
群飛
俯瞰
天の深層
ゆうぐれ
第二章 白いもの
白いもの
洗う
鴉声
弄る
差響
紙魚
儀羽
鬆
発見
レタスのはなし
第三章 箸
箸
鯨
果実
衣
桃太郎
文
寸景
澗声
騙し雪
地震雲
第四章 水の充実
灸
捻鍼
萎える
回鍼
打鍼
あなた擬
金漆考
絡織
付録
ふれる
さつる つねる
水の充実
あとがき
【詩篇紹介】
水の充実
水は流れていくだけ あきらめにも似た惰性 耐性の日日
その日常は平穏の時間だと強がりの納得を引き摺って 流れ急いでいた昨日まで
あと五日もすれば海に着くという思川(※)のあたりで 不意に水切の石が跳ね飛んできたのだ
わたしの精神(なか)に広がる波紋わきあがる風 初めて自覚する絡み織り模様の美響
水は石を探した 長い時間 流れつつ見極めてきた幾多の石と違って光潤な石
一瞬にしてこの石は いままでの時間の無為さを濾過し
留まる美学を悟(さめ)させてくれるかもしれないと思えてきたのだ
桜花が通り 台風が過ぎ 紅葉が彩り 雪が降りてきても 水は海に進むことを止めている
それでいて澱むこともない むしろ澄々としている水芯
天に蒸気する海にはゆっくりと向かえばよい
水の充実とは流れいくことよりも いかに留まれるかという熱い体感のなかにあると自得して
いま生きている
※ 思川……栃木県小山市を流れる川。利根川経由で海に入る。