限りある命であっても 歌おうにもあまりに冬は長くとも
言の葉に育った種を 上野都は 蒔きつづけるだろう
野の道 湖のほとりに佇み 非業の死者たち
どっしりと座敷の太い床柱になった祖母に想いを馳せながら
石川逸子(詩人)
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栞解説:鈴木比佐雄 |
A5判/144頁/上製本 ISBN978-4-86435-098-3 C1092 ¥2000E |
定価:2,160円(税込) |
発売:2013年2月26日
【目次】
一章「春を待つ日に」
春を待つ日に
野 道
信
経ヶ岬
遠い花火
落 下
未 練
時 差
月 蝕
二つ星
二章「湖北のかたち」
湖北のかたち
仮想水
骨密度
窓
井 戸
都市鉱山
行き方 知れずとも
臨 界
泉
立 つ
三章「地を巡るもの」
地を巡るもの
たやすく書かれた詩
尹 東柱/上野 都・翻訳
たやすく書かれた詩 尹 東柱(ハングル・原文)
たやすく書かれた詩
―時を結ぶ返し歌の
「大丈夫です」
開花宣言
座り込み
砂漠の花
二〇〇三年十二月六日―アフガン発
足りぬもの
あとがき
略歴
詩篇
「地を巡るもの」
空と地のあわいを早春の風がわたる
うすうすと霧をはらみ 東へ
どこか赤い土の色を乗せて
ゆっくりと川面を流れる残雪は
ここへ届くまで
山へ積み
里へ積み
ひとしく千万の暮らしの屋根に積み
いま
みずからを追うように
大河に溶けて西の海へ
柄の長い匙で掬うかたちに
古い都を北から南へ下り
また 北へ上る河
それは
人の世が裂くまえからの
天と地のかたち
もう遥かな昔から
出あうところは一つ と
この春にも
ふたつの川の溶け合う坡州
冷え冷えと
靄のかなたに歌う気配も見せず
同じ岸辺をはさみ
別々の名で
臨津江と漢江
同じ季節を
ほんの手の届く近さに結びながら
木を植えた者はいたが
森は燃えつき
子を産んだ女もいたが
男はみな兵士になった
この百年にも
大地は幾度となく焼け
撃ちつくされ
ふたつの河の水は
血で染まりつづけ―
今
この高みに立つ人の
なんという影の濃さ
思いがけない早い春に胸をえぐられ
時の重さに肩を落とし
血を滾らせて無言に沈む
深い河をまえに
黙して天を仰ぐ人の言霊は
冬ごとに高く積み
はかなく溶け
そのたびに どれほどの幻が
この河を渡ったろうか
見届けようにも人の命には限りがあり
歌おうにも あまりに冬は長い
だが言の葉に育った種を
渡りあう風に乗せ
ぱあっと目くらましのように蒔けば
赤茶けた地ばかりを這う双眼鏡を
いつか
緑の芽が覆うだろうか
花の群れが
胸の階級章を食い尽くす日が
来るだろうか
種を蒔く手が道を踏むなら
実を刈る手が
かならず橋を架けよう
地を巡るものあってこそ
人は出会い歌う
固く凍った氷を穿つ影の深さを抱き
いつか そのアリラン(書面ではハングル表記)を私も歌う
来る日のために 私の手よ
銃剣をおろせ
銃剣をおろさせよ
ふたつの河に
溶けあう縁あればこそ。
*アリラン・朝鮮の民謡