去年の桜を/生きてはいたがもう見られなかった母/いさぎよく死ぬことを旨として生き/空に散った父/あといくたび/私は花に逢うことができるのだろうか/気にも留めていなかった花の季が/歳月を重ねるたびに重くなる/死のみちている花の空間にたたずんで/私はうたう魂鎮めの歌/私はうたう花鎮めの歌(「花鎮め歌」より)
解説:鈴木比佐雄 |
A5判/184頁/上製本 |
定価:2,160円(税込) |
発売:2012年3月7日
【目次】
一章 花鎮め歌
利根の川音
すくず掃き
出てゆく舟を
包丁の跡
ラジオ体操
泣かれんよ
点 滴
猶 予
垂直の幹
花鎮め歌
二章 光の極み
世界で一番
光の極み
祷 り
原爆のことをはじめて聞いた日
蒼白の八月―長崎に―
四千度
いつもの空
一周忌の爆音
かたちにはできないが
三章 石を育てる
風の夜
雪
石を育てる
祖谷渓
よしのぶのカレンダー
ガラスに浮く蔓
わが父祖の地 石巻
3・11
桜と雷雨と余震
異形の春
列島のわれら
四章 命響る海
エミリ ディキンソンの巻毛
セントラルパークの木蔭のベンチ
セントラルパークの天の池
朝羽ふる夕羽ふる風
機窓の月
修道院で
イエローストーン国立公園
地殻伝説
山火事
射殺しなかった熊
バイソン
白い睡蓮の池
大理石の階段
命響る海―ホェールウォッチング―
あとがき
略歴
【詩篇】
花鎮め歌
桜散る空間には死がみちている
しいんと鼓膜がきしむような
光の空間に
散るともなく漂ってくる
花の片
冬を越した柘植の木の暗い緑の間を
まだ芽吹かないさるすべりの裸の幹の間を
風に押されて
あてどなく
あるかなきかの重力に
しずかに しずかに
沈んでゆく白い斑の
桜花びら
見上げれば
うす青い紗のような空の下
銀にきらめきながら流れ去る
天の花の川―
散るということ
一年のうち たった数日に咲きつくした
花の躯の
花びらは
手に受けると
かそかに冷たく
かそかに温もって
地にちりばめた星となる
ひとところ
うごかず生きる植物が
苦悩の表情も喜びの表情もなく
くりかえす生と死と再生―
去年の桜を
生きてはいたがもう見られなかった母
いさぎよく死ぬことを旨として生き
空に散った父
あといくたび
私は花に逢うことができるのだろうか
気にも留めていなかった花の季が
歳月を重ねるたびに重くなる
死のみちている花の空間にたたずんで
私はうたう魂鎮めの歌
私はうたう花鎮めの歌