<詩作品>
冬物語
長い年月の間に
口に出して告げない別れは
だれにもあって
幸せなことに
川に流れて
いつの間にか消えてしまう
今年の冬はひとを惑わす
一夜のうちに
腰近くまで雪が積もる
次の日には
絶え間なく雨が降る
雪は半ば消えてしまい
庭の露な黒土に
菊の株は いま
捻れ曲がった記憶の枯れ枝を曝している
迷っている 疲れている
さよならと
相手に向かって言ったのに
自分にもはっきり宣言し
さよならと
胸に下げた木札に書いたのに
あなたの中の暗い物語は
雪より冷たい
冬の霙となって降りつづき
びしょびしょに濡れて
乾くことがない
秋の花展
すべてを忘れ
すべては消え
花に向かった
薊
蕾と七分咲きの二輪花
棘ある葉をつけながら
可憐ですらり伸びやかな枝を
芒
チョコレート色の穂先が
しなやかに ぱらりと拡がり
斜めを見おろすように
白山吹には 緑葉が数枚
小粒の実がいくつか
落ち零れず 艶々として
薊のうしろに立っているように
日毎表情が変わる生きもの 花
秋の岩木の山麓を
日がな一日歩き
適う枝を探し求める
生けるとき
周りの騒音は遠くなる 時間はとまる
花のかたちだけが 心に在る
花器の縁までひたひたと
清冽な水を満たして
生け込みは終わる
花展会場にしつらえた数百瓶の生け花は
華やぎの想いをのせて 朝
馥郁と香り 人びとを迎える
四月のよろこび
甘納豆を入れた赤飯を持って
いそいそと 病院に行く
生まれて三日目の赤児に
祝い人は駆けつける
柔かな白いタオル地にくるまれて
ふわん ふわんと
しん しんと
顔じゅう 産毛だらけで眠っている
小さいベッドに近々と寄って
まだ付いていない名前の代りに
オ・メ・デ・ト と呼びかける
カーテン越しに
暖かいピンクの光が漂う
とても痛かったの と
母になったひとの
幸せそうな微笑
外の小雪のちらつきも
大震災の騒ぎも
放射能の不安も関わりない
春 四月
至福のよろこびの ひととき
見たことのない花
ノモンハン桜
見たことのない花
八月 戦場の草原に咲いたという
古稀を過ぎて
はじめてその名を聞いた
ノモンハン
行ったことのない土地
こちらは花の合間に伏せ
花を蹴散らしての戦い
あちらの戦車は花に踏み込んで
頭上から銃を撃った
国境のホロンバイルで父は戦死した
ノモンハン桜咲く高原は
無数の兵の血潮に染まった
「ノモンハン事件」は
太平洋戦争より前のこと
もう歴史に編み込まれた夏の戦い
何千もの遺骨はそこに留まり
郷愁の草花は いまも
傍らに添って咲くという