<詩作品>
汽 笛
街の公園の一角に昔懐かしい蒸気機関車が
一輌陳列されて話題となり
孫娘に誘われて一緒に見に行く
抜けるような青空に
二ツ三ツ置かれたように白雲が浮いて
今にも薄墨色の煙を吐いて
動き出しそうな情景がそこにあった
ボオワーッ、別れを告げる汽笛をひと声
ゆっくりと轍の軋みを残して
田舎町の駅を離れて行く列車
昭和十六年春の花曇りの一日が甦る
村の小学校を卒業して間もない日
神戸の造船所に就職の決まった私を
校長先生と両親が駅まで見送ってくれた日
不安と期待で涙を流す訳でもなく、ただ
精神を硬直させて車窓から身を乗り出して
別れを惜しんだ十五の春
昭和二十年三月、太平洋戦争も末期の頃
戦局はますます激しさを増すなか
大本営だけは連日、日本の勝利の戦果を
大大的に報道していた
私が、無線通信兵として
大阪信太山教育隊に入隊したのは
そんなときであった
村人は幟を持って小太鼓と吹奏楽器で
日の丸の旗を肩から斜交いに掛けた私を
駅まで見送ってくれた
出征を祝う万歳の声が駅構内にどよめく
列車がプラットホームへ滑り込む
別れの言葉が飛び交うなか蒸気機関車は
ひときわ高く汽笛を吹き上げて動き出す
母親が言葉にならない叫び声を上げながら
ホームの途切れる端まで追ってきた
……おじいちゃん可笑しいよ、
涙が出てるジャン、アッハッハッハー
笑いころげる孫の姿が涙の溜まりの中で
ボロボロと崩れていった
泪を集めて
何事もない顔をした真夏の空が
今日も熱波の熔鉱炉を搔き混ぜたように
沸き立てて果てしなく広がる
更に追い打ちをかけて原子放射能の恐怖が
姿も見せず警鐘の音さえ潜めたまま
心臓の鼓動に波うつとき
東北の空を いや此の国の全ての空域を
隙間なく核の放射能で覆い尽くそうと企てる
広島 長崎に炸裂した原子放射能の惨劇の
十数倍にも勝る死滅の空間に追いたてられ
全ての物を放置し去り 意に反する遠隔地に
避難の場所を求めてさ迷う原発難民の方達
二〇一一年三月一一日 東日本を襲った
あの大地震と大津波 はたして
天災とばかり言いきれるだろうか
地球温暖化に伴う予期せぬ集中豪雨
年ごとに度を上げてゆく異常高温
春と秋が消されてゆく季節の衰亡
人間の限りない欲望の前に 破壊された
オゾン層の崩壊にあると言われる昨今
原子核の発見とその使用は
人類最大の不幸とささやかれている
塗炭の淵に慟哭する被災者の方達
放射能難民の方のなげきと苦悩
潰れるほど握り締めた拳の上に流した泪
悔し泪は流れるだけ流すがよい
共有する泪を搔き集めて立ち上がろう
復興と言う大義名分に隠れて
言葉は遊び呆けて霧の中
許すな原発 核の廃絶
その上に築き上げた復興の花こそ
未来永劫に変わることのない
桃源の里に爛漫と咲き誇るだろう