尾内 達也 (おない たつや)
1960年生まれ。25歳の頃より詩を書き始める。
6年前から、俳句に関心を持ち、現在、詩と俳句を同時に書いている。
俳句の音楽性と季感を含む時間性を、アクチャリティを残したまま詩に導入することをめざしている。また、移動という観点から翻訳に関心があり、旧ソ連からパリに移動した(亡命した)ピアニスト・指揮者・作家、ヴァレリー・アファナシエフの詩の翻訳を『COAL SACK』誌上に発表している。
詩集に『白い沈黙 赤の言葉』(摩耶出版 1994年)、『青のことば』(私家版CD-R 2001年)。
6年前から、俳句に関心を持ち、現在、詩と俳句を同時に書いている。
俳句の音楽性と季感を含む時間性を、アクチャリティを残したまま詩に導入することをめざしている。また、移動という観点から翻訳に関心があり、旧ソ連からパリに移動した(亡命した)ピアニスト・指揮者・作家、ヴァレリー・アファナシエフの詩の翻訳を『COAL SACK』誌上に発表している。
詩集に『白い沈黙 赤の言葉』(摩耶出版 1994年)、『青のことば』(私家版CD-R 2001年)。
【詩の紹介】
夜への越境
鏡を越境して
ことばの国へ
夜また夜へ
おれの一瞬の回想が
だれかの問題の答えになる
歴史が放電される一瞬は
いつもなにげない
宇宙では命が例外
夜の王こそ正しい道である
汝
その門より出でよ
ことばは
完全なる不完全
どこまでも
死は見えない
銀河では気の狂った者こそ
王なのである
夕が朝になるとき
ことばは消える
踊るのみ
気が狂えば狂うほど
花にちかくなる
石ころ一つ
夏野へ投げて
深い淵の音を聞く
耳の眠り
朝の雪に耳がめざめる
耳の悦ぶ音―
沈黙にも音はあるのだ
物語の中へ
雪は降りつづくが
突然 なにもかも
中断してしまう
心も言葉も置き去りにして
走り去る猫の背に
悲劇も喜劇もないが
人間様はやはり
笑うしかないのだろう
― あんたも苦労したな
物語は
雪の音に引き継がれて
第三幕へ
― だれもいない
雪の朝に耳がめざめる
だれもいない物語に
聴き耳を立て
誕生と死を繰り返した果に
黒を着る日である